しょうがいと生きる。

 考えてみれば、私は生まれてからずっと、「しょうがい」という問題に直面して、生きてきました。

 私の父は、子どもの頃の「脊椎カリエス」という病気で背骨が曲がり、なかなか身体が思うように動かない、という状態でした。

 もうその父も亡くなって7年が経ちますが、一生を通して障害を乗り越えようと生きた人でした。父は頭が良く、プライドの高い人で、障害者として扱われる事を拒否し、補助やサービスを受けることなく生きました。この事は、私が勉強するようになり様々な制度を知るまで、母も私も知らなかった事です。父は福祉に携わる公務員だったので、制度は熟知していたはずでしたから…。

 社会福祉学部を目指していた私ですが、大学に落ちまくり、何とかギリギリラインで某国立大学の障害児教育課程の試験(論文)を受けました。すると、課題の文章は、何度も読んだことのある本から出されたものでした。当時、高校生の私は、図書館で読んだ「社会福祉国家を築くために」(だったかな!?)という本で、「ノーマライゼーション」という言葉をはじめて知り、感動し、早く社会の一員になって社会福祉のために役に立ちたい、などと思っていたものです。(恥ずかしい・・・) その本のおかげで合格し、なぜか障害という問題と関わることになるのです。

 そして、父が全く「障害者手帳」というものを使っていなかったことに気が付くのです。

 公共の乗り物の運賃は半額、公共施設入場料の割引や免除、高速道路の通行料の割引・・・・・・手帳を出せば受けられたはずのそれらのサービスを、父が全く受けようとしなかったことに、大学生になって初めて気付きました。同時に、父の思いを感じました。

 そして、そんな思いも知らず、小学校の運動会でレースに出て走ってくれる友達のお父さんを羨ましいと思っていた自分、背の高いお父さんに憧れていた自分を、本当に申し訳ないと思いました。

 母にそのことを話すと、「お父さんは、損な性格なのよ」と笑っていました。

 でも、父が亡くなったとき、母は寂しそうに言いました。

「私達には愚痴も弱みも見せずに、本当はすごく無理してたと思うよ。健常者と同じでありたいと必死で肩肘張って・・・。小さい頃から差別や偏見と戦ってきて、同じであるために無理ばっかりして、ホントに損な性格よね。。。。。。」

 

 来月で、父が亡くなって7年。それからも障害者の施設で働いたり、子どもの発達障害が判明したりで、「しょうがい」問題に直面してばかりです。その度に、父の不器用な生き方、心の強さを思います。障害とともに生きる、そのやり方には、様々な道があるんだということに気付かされます。

 これから大きくなって、カイはどんな生き方を選択していくんでしょう。一見全く分からない「自閉症」とカイも家族も一生をかけて、共に生きていくのです。私達も戦わなければならない日が来るかもしれません。そのときはきっと、また父の事を思うんでしょうね。。。

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フラッシュバック。

 自閉症の特徴に、「フラッシュバック」というものがあります。カイは、自閉症の特徴の中でもこのフラッシュバックがとても強く現れています。

 「フラッシュバック」とは・・・・・・。

 突然、昔の出来事を思い出して、つい先ほどの事のように扱うという現象の事で、タイムスリップしてしまう・・・・・・という感じです。自閉症の記憶の相当部分は、言葉を介せず、おそらく映像のままで、脳にしまわれている、と考えられています。そのため、時間の流れを無視して、よく似た状況が起こると、とたんに再体験されてしまうようです。

 2歳以降、言葉はよく出ているのに、喋る内容は、要求、目の前の状況(○○が△△している)、そしてフラッシュバックでした。

 例えば、車に乗って出かけると、以前工事をしていた場所で「工事中の看板がたくさんあった」と唐突に言ったり(もちろん言ってる時は、跡形もありません)、JRに乗ると以前乗ったときに背もたれを前後に動かして座る向きを変える人を見たのを思い出して、「背もたれは何で動いたのかな」と言ったり。。。。。。かなり唐突に自分の世界に入るので、なかなか会話が成立しませんでした。

 こちらがきちんと反応し、受け答えするまでしつこく繰り返して言い、話をそらそうとしても全く通じないので、かなりイライラすることもありました。特に他の子どもと一緒のときは、明らかに喋る内容が違うので、恥ずかしいと思っていました。

 小児科の先生に、どう対処したらいいのか訊くと「否定しないで、さらっと聞き流して」というような事を言われたので、それからは「そうね、前ね~」という感じで受け答えしてきました。

 で、ふと気付くと、最近あまりフラッシュバックが目立たないように思います。もしかして、あまり現れなくなったのかなhappy01・・・・・・と思いながら注意して会話していると、現れなくなったのではなく、カイの表現が上手になっただけ、ということに気付きました。

 唐突に過去体験を口にするのではなく、その前に「前ここを通ったときは・・・・・・」「前この番組があったときは・・・・・・」と付くようになっているのです。いつの間にか!そしてその話に対して周りの反応が薄いと、「今は関係ない話だったかな」と付け足して話を終えているのですcoldsweats01 注意して聞いていると、やはりカイの喋る内容はフラッシュバックばかりですsweat02 以前同じ発達障害の子どもを持つ方からのコメントで、「自閉症児は忘れる事が苦手」というような話がありましたが、まさにこの事だなぁ、と実感です。

 カイは、自分の話がフラッシュバックだと、他の子の話と違うと、気付きはじめたのかもしれません。自分なりに、周りに適応しようと頑張っているのかもしれません。

 以前、私は、同じ年頃の子ども達と遊ばせるのがすごく苦痛だった時期があります。会話が成立しないで、ひとりで喋るカイが恥ずかしく、他の子どもを「羨ましい」と思ってしまう自分が嫌で。。。。。。ありのままのカイを受け入れているつもりなのに、ふとそう思ってしまうとき、本当に辛かったです。

 カイがこんなに頑張っているのに、自分の事ばかり考えていた私です。

 今振り返ると、ホントにくだらない感情にとらわれていたように思います。

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保育園、その後。

 保育園に迎えに行くと、帰りの車の中では必ず「今日は誰と遊んだ?」「今日は何した?」と訊いています。
 真っ先にケンが「じゅんたん、さーちゃん…」などとどんどん答えますcoldsweats01 カイは黙ったまま…。
「カイは?誰と遊んだ?」
「…わからんdespair
毎日この会話です。まだお友達とは上手く関わりが持てないみたいですdash


 でも、最近になって、「何した?」という問いかけには答えられるようになってきました。
 はじめの頃は先生から、「今日も床に顔をつけて、お友達の遊んでるのを眺めていましたcoldsweats01」と言われてばかりだったのが、やっとsign01みんなと少しずつ一緒に活動できるようになってきたようです。

  表情を見ていると、どうやら体操が好きみたいです(意外にsweat01)家でも誰も見てない(と本人が思っている)ところで、こっそり歌いながら踊っていますhappy02…ヘンですがかわいいですhappy02
 自閉症の子どもの場合、一緒にマネしながら踊らず、後でこっそりやっているというのは、よくある事みたいですcoldsweats01いつもクールなので、何かおもしろいです。これからもこっそり観察してやりますsmile

 カイも彼なりのペースで、ずいぶん慣れてきたのかもしれません。
 お友達の名前が出てくる日が楽しみですshine

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10かぞえたら。

 2歳代の頃、カイは気持ちの切り替えができにくい子でした。特に、回るものなど、一定の動きを繰り返すものに執着し、街中で看板に付いている回転灯などに遭遇すると、いくら声を掛けても動かず、結局泣き喚くのを無理やり抱えて連れ帰る、という状態でした。
 出かける度に、不安だらけです。

 そこで、ルールを決めました。私が「おしまい」と言ったら、10数えて止める、という約束です。
 ルールを決めてしまえば、カイは必ず守ります。まあこれも、こだわりなのですが、逆にそれを利用して気持ちを切り替える手段として使いはじめました。
 4歳になる今でもそのルールのもと、10数えたら、さっと次の行動に移ることができます。10数えたら、人に順番を譲ることができます。次は、心の中で数えることができるように練習していきたいと考えていますconfident

 ところが、ケンは逆にたいへんです。ルールを決めても、「いやだ」「まだまだ」という言葉で抵抗し、なかなかこちらの言い分が通りませんcoldsweats01 これが第一次反抗期とゆーものでしょうかsign02
 カイの時とは違うパターンの育児が要求されるみたいですsweat01タイプの違う2人を一緒に育てていくということは、なかなか難しいものですねcoldsweats01

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「これ」と「それ」。

 最近まで全く気付かなかったんですが、カイは物や場所を指し示すとき、「それ」「そこ」「その」という表現をします。でもそれって、伝わりにくい表現なんですよね。

 前回の療育のときに、先生に指摘されてはじめて気がつきました。

 「それ何?」「その人だれ?」などと言われても、何となくこっちで察して対応していたようです。

 訓練の内容は、いろんなお店の様子が描かれている絵カードを見て、何屋さんか当てる、わからないときは母(私)に訊く、というものでした。要するに、人に質問をする練習です。

 そして、わからない時。カイは私にカードを見せて「それ、何屋さん(抑揚がないので語尾は上がりません)」と言ってきたので、答えていました。すると、先生が「これ、何屋さん?」と絵を指差しながら言い直しされるのです。

 それを見たときに、はじめてカイの表現が違っていることに気付きましたflair

 よく考えると、今まで近くのものも、遠くのものも全て「それ」と言っていました。

 私は無意識に察して対応していましたが、確かに他の人には伝わりにくいでしょう。そんな簡単なことに今まで全く気付かなかったなんて、ちょっとショックでした。

 これからはちゃんと指差して「これ」「あれ」と言えるようにしなければ。。。。。。その後、気をつけて見ていると、ケンは、まだ片言ながらもきちんと「あれ、とって」「これ、食べる」と言っています。ケンにとっては教えなくてもできることも、カイにとっては難しいことなんだと、改めて思いました。

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4歳児すごい。

 公園に行く時間がいつもより遅くなり、今日は幼稚園児や小学生と一緒の時間になりました。

 療育や親子教室に行くようになってから、同年齢の定型発達のお子さんと接する機会がめっきり減っていたので、うまく遊べるか心配しながら、公園に入りました。

 ちょうど同年齢の幼稚園児りょうくんが砂遊びをしていたので、声を掛けました。この頃、カイもずいぶん言葉のキャッチボールが上手くなってきたので、少しはやり取りできるかなぁ〜・・・と思いながら、様子を見守りました。

 しかし、世の中そんなに甘くないですねcoldsweats01 4歳児ってすごいですsweat01

 カイに「一緒に遊ぼうって言ってごらん」と言うと、やっとりょうくんの目を見ないまま「イッショニアソボウgawk」と言って、砂場に座りました。すると、りょうくんは

「いいよ〜。スコップ貸してあげよっか?happy01ケンちゃんもおいでheart04

と言うのですsign01 …すごいsweat01これが4歳児なんだぁぁぁぁshock全然ちがうやんsweat01

 お友達と遊べるようになるには、まだまだ道のりは遠いなぁ。。。。。。dash

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試練の日。

 市主催の親子教室に行ってきました。ことばの遅れがある子、発達の遅れがある子中心の親子教室で、月にたったの1回しかないのですが、カイはすごく楽しみにしていますnote

 でも、今日はカイにとって、試練の日になりました。

 

 参加するほとんどの子どもが他の子どもと関わって遊ぶ、ということができないので、おもちゃの「貸し借り」や「共有」がなかなかうまくできません。取られても「返して」と言えない、遊びたくても「貸して」と言えない、勝手に取って大人に叱られる・・・・・・。参加の子どもたちが最もストレスを溜める場面だと思います。

 私自身も、常に自分の子も他の子も気持ちよく遊べるようフォローしようと構えているのですが、なかなか双方の気持ちを汲んで対応するのが難しいです。指導の保健師さんや保育士さんがおられるので、ホントはびしっと対応して欲しいところですが。。。親にびびってるんでしょうかcoldsweats01

 まず、最初の試練は積み木あそびでした。木や動物の形、人の形の積み木がセットになったもので遊んでいる時のことです。同じ積み木で遊んでいる男の子がもう一人居て(たーくん)、お互いに別々の箱庭づくりに夢中でした。

 そして、カイが何気なく手を伸ばした木の形の積み木が、たーくんの箱庭のパーツのひとつだったのですsweat01

 たーくんが「ぼくの」と言えずに凝視しています。カイはそれが判らす、自分の庭に入れています。私はすかさず

「貸してって言った?」

と言ってしまいました。今思えばですが、カイはそれがたーくんの庭の木だと気付かずに取ったのに、理不尽に厳しく注意されたように感じたのかもしれません。

「もう要らんweep これもこれも(たーくんに)あげる」

と言って、気に入っていたパーツまでたーくんに渡してしまいました。そして欲しかったパーツも、気に入っていたパーツも失くしてしまい、やり場のない怒りと悲しみで、泣き出してしまいました。私のことばひとつで、すごく傷つけてしまい、ホントに後悔しました。

 その後、私も一緒になってカイの箱庭づくりを手伝い、なんとか折れそうな心は持ち直したかに思えました。。。。

 ところが、次にはじまったのは子どもたちの大好きな「タオル引き」でした。この遊びはとても人気があるのですが、バスタオルの上に子どもを乗せて、広い室内を親が引きずって回るというスリルのある遊びです。

 バスタオルが配られます。子どもたちはそれぞれ好きな色を取ろうと、先生の周りに集まっていきました。カイも真っ先に行くと、ひとつしかない青いタオルに手を伸ばしました。今度は勝手に取らずに、先生に「青がいい」としきりに言っていました。ところが、大勢の子どもの中、カイの声は聞こえなかったのでしょう・・・。

 青いタオルに乗せているカイの手を退けて、女の子が持って行ってしまいましたbearing

 ガン泣きですcrying

 ルールを守っても、守らなくても欲しいものが手に入らない。。。。。。カイの苛立ちが伝わってきました。

 私もどうするか迷いましたが、なぐさめて諦めさせる方向でいきました。抱きしめて、思い切り泣かせ、「青がよかったね。でも取れなくて残念だったねweep」と、懸命になぐさめました。

 が、そこへ保育士さんがきて、

「次は一番に行って、青を取ろうね」

と言われましたangry

 再びガン泣きですcrying

 もう少し、言い方はないんでしょうかdash やれやれ。まぁ先生方は見てなかったから、仕方ないですね。

 今日たくさん傷ついた分、心のケアーをしなければ。。。と思いますthink

 

 明日から、4~5日実家(あまくさ)に帰ってきますhappy01

 イルカでも見て、母子共々、リフレッシュしてこようと思いますheart04

 

 

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不器用な男ですが・・・。

 カイはとっっっても不器用ですcoldsweats02

 もうすぐ4歳を迎えますが、ボタンの掛け外しや、お箸、鉛筆のまともな握り方ができません。3歳になる頃には、周りの子ども達みんなができていたので、ものすごく焦りを感じて、毎日のように幼児ドリルをやらせたり、ぬいぐるみにボタン付きの洋服を作って着せて、練習させたりしていました。

  カイはできない自分にも苛立ち、熱心すぎる私にも苛立っていたんでしょう、

「もういやだpout

と物を投げて抵抗しました。私自身も『なぜこの子だけ…』と苛立ち、だんだん余裕をなくしていきました。今思えば、子どもの気持ちなんて完全無視の行動ですね。その頃が一番、他人の目ばかり気にして、子どもの気持ちに寄り添えなかった時期だと思います。

 

 そんな時、たまたま行った文房具屋さんに、かわいらしいピンクのハサミhairsalonが置いてありました。カイはどういう訳かそれを欲しがるのでcoldsweats01無理かもしれないけど…と思いながら、買いました。

 ところが、そのハサミのおかげで「切る」「のりで貼る」という練習をすすんでやるようになりました。それからは、無理して躍起になってやらなくても、できそうな事から挑戦していったらいいか、と思うようになりました。比べてはいけないと思いつつも、やっぱり周りの子ができてると焦ってしまいますねcoldsweats01 

 カイはできないんじゃない、ゆっくり成長してるだけsign01そう自分に言い聞かせています。ただ、何もしないわけにはいかないし、今どうしたら手の巧緻性を鍛えられるか、悩み中です。どなたか良い方法を知っておられたら、コメントくださいshine

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広汎性発達障害を理解するために。②

 養護学校で教師をしている友人から送ってきた資料の最初に広汎性発達障害の特徴が3つ、挙げてありましたので、紹介します。

①対人関係の異常

視線が合わない、友達関係が作れない、対人と興味を共有できない、感情が伝わらない

②ことばやコミュニケーションの異常

ことばが遅れていたり、一問一答になったりして会話にならない、オウム返しと言われるような特有の応答をする、遊びのルールや役割を理解できない

③特徴的なこだわり

興味をもっているものが限られている、周りから見て意味のない習慣にこだわる、くるくると身体を軸にして回るなどの常同行動がある、物体の細部にこだわる

 ①②③いずれも典型的にあてはまるものを自閉性障害(自閉症)、①③のみのものをアスペルガー障害と呼びます。他に分類されない広汎性発達障害などが含まれます。

 ちなみにカイは、見事に①②③ぜんぶ当てはまってますsweat01

 広汎性発達障害は、外見からは判りにくいため、外でパニックを起こしたりこだわりを見せて誰かに迷惑をかけてしまった時など、わがまま、親の躾がなっていないという風に見られがちです。 ですが、これは生まれつきの発達障害で、脳の器質的な異常によるものなので、育て方の問題ではありません。

 でも、知らない、ということは恐ろしいことです。

 まだ診断が下っていない頃、定型発達の方の親子教室に行っていたのですが、そのときたまたま近くに座っていたグループがこんな話をしていました。

「○○くん、自閉症やったげなよ。前遊びに行ったとき、一日中DVD見せよる~とかって言ってたもんね。やっぱりそれが原因さ。」

 私は凍りつきました。

 そして、ほとんど面識もないのに、思わず

「自閉症は後天的なものじゃないよ!ビデオ見せてたからなったんじゃなくて、自閉症だから、一日中ビデオ見てても平気なんだってば。あなたの子どもだったら、途中で飽きて別の遊びをしたり、親のところに走ってきたりするでしょ?」

と言い、辺りを静まり返らせてしまいましたcoldsweats01 その上、納得させたかというと、そうではなくて、ママ友たちは顔を見合わせ

「でもねぇ」

とか、ぼそぼそと口々に言って、その話は終わってしまいました。私はただのKYでしたcoldsweats01何であんな事、言ってしまったんだろう・・・・とすっごく後悔しましたが、もし家族に自閉症の人が居るならば、すごく傷つく言葉だと思いました。

・・・・・・きっとこれが、私たち親と子どもを取り巻く現状です。

 治る病気、とかではありません。一生付き合っていくものです。だから、私は、一生をかけて子ども達をサポートしていく覚悟を持っています。きっと同じようなお子さんをもつ方も同じだと思います。今は小さいから、障害が目立ちませんが、これから大きくなったらどういうふうに変化していくんだろう、いじめに遭わないだろうか・・・と不安はいっぱいです。でも、当事者なんですから。そんなことばかり言ってられません。少数派の子どもたちが少しでも生きやすいように、私はこれからずっと、がんばるだけです。

 専門機関で働く友人からは、早くから療育をはじめれば、それだけ予後が全然違うので、早くから対応した方がいいと助言を受けましたshineでも、障害を受け入れて、療育にいくまでが、たいへんなんだよね~coldsweats01

 

 

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広汎性発達障害を理解するために。

happy01 私は大学で障害児教育について学びました。父も母も障害者の施設で働いていたので、その姿に憧れていたのもあります。私も人の役に立ちたいと、純粋に思っていました。まさか自分の育児に役立つなんて、思いもしませんでしたがcoldsweats01

 そのせいか、カイが何か変、と気付いたのも早く、生後一ヶ月で目の合いにくさを感じていました。そして目の前で手を振って遊んでいる姿に、もしかして自閉症では・・・・・・と不安を感じていました。でも、今病院に連れて行っても何もしてもらえないことも知っていました。ずっと不安を抱えながら、やっと迎えた1歳児検診で、クレーン行動(人の手を引いて物を取らせるなど)や逆向きバイバイ(手のひらを自分に向けてバイバイする)があることを相談すると、言葉の発現など経過を観察すべきなので、市の相談機関に行くよう勧められました。

 でも、情けないことに、これだけ障害児者に関わってきたのに、相談機関に行くどころか主人や両親にも言えずに、私の苦しい日々は続きました。そんな日々の中、偏見を持っていたのは周囲ではなく、私だったと、はじめて気付きました。自閉症は病気じゃない、親の躾が悪いせいでもない、わかっているのに、カイが自閉症かもしれないなんて、言えませんでした。人の役に立ちたいと思っていたあの気持ちは何だったんだろう、私はただの偽善者だったのかなぁ、この数年間は何だったんだろう、と何とも言えない虚しさが募りました。

 その後、1歳半になると、カイのことばの発達は目覚しく、身の回りの物の名前をどんどん覚え、一日中引っ切り無しに絵本を持ってきては「よむ。よむ。」と言い、私は読まされ続けました。ただ、何度教えても「ちょうだい」「ありがとう」のやりとりはできず、私以外の人に抱かれることを拒みました。

 2歳になると発達の偏りがはっきりと出てきました。「うん」という返事が全く出てきません。例えば「ジュース飲む?」と訊くと、「ジュース飲む」か「ジュース飲まない」と答えました。回転するおもちゃや看板の回転灯を好み、何十分でも見続けていました。いつもと違う道を通ったり、行動が違ったりすると、激しく泣き叫び、頭を壁に打ち付けました。(この行動は言葉の理解が進み、毎日スケジュールを伝えて行動することですぐにおさまりました。)明らかにコミュニケーションがとりづらいのに、国旗を60くらい一気に覚えたり、絵本を暗唱して、あたかも読んでいるように絵本をめくったりしました。家族が「頭のいい子だheart04」と喜ぶ姿を見るたびに、私の心は暗く沈んでいきました。

 私が意を決して主人に話し、ようやく相談機関に出向いたのは、カイが2歳半になったときでした。そのときは次男ケンも産まれていました。

 私がカイの障害を本当に受け入れたのは、きっとその時です。私は「どんな子が産まれても、私ならきっと受け入れられる」と思っていました。それなのに、です。

 施設で働いていた頃は、自閉症の方もたくさん入所しておられましたが、正直言って、こちらがどんなに一生懸命働きかけても、心が通じ合うことはない、という思いを持っていました。慣れて頼って来られることもなければ、まして「ありがとう」と言われることなどないのですから。今思えば、これこそ偏見の目、ですね。

 でも、カイを育ててみてからは変わりました。独自のルールの中に生きているカイは本当に不思議ちゃんで面白く、かわいらしいところもたくさんあります。受け入れてしまえば、本当に何もかもが明るく見えてきました。

 私は卒業後、障害者の施設で働き、結婚するとさっさと辞めてしまいましたが、大学の友人たちは、養護学校の教師や心理判定員など輝かしい経歴の持ち主ばかりです。カイの障害の事を伝えると、いろいろと資料を集めて送ってくれたり、文献を探し出したりしてくれましたshine 今後、しっかり読み進めて、日頃のくだらない日記の合間に私が勉強したことなども書いていきたいと思います。

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親の会。

 今日は広汎性発達障害児の親の会、というものにはじめて参加しましたhappy01ドキドキしながら行ったら、親切な方ばかりでほっとしましたconfidentほとんどの方が子どもを小学校や幼稚園に通わせていて、子連れは私とケイままさんくらいでしたsweat01子どもは自由に遊ばせといて、親はコーヒー飲んで座談会・・・・・・という感じで、気楽なもんでした。

 今まで同じような子どもの保護者とゆっくりと話したことなんてなかったので、とにかく感動の連続でした。何が感動したかって、私が今までブログに書いたような話をしたら、ほとんどがあるあるネタだったって事ですsign03うれしかったなぁ。。。。。。

 子どもの困ったネタを話して「わかるぅ!ウチも!!」なんて言われたの、はじめてだったからcrying 今までいろいろ不安だったけど、何かみなさんに元気をもらえたような気がしますshine

 さて、カイchickはそんな母を尻目に、いつものように積み木をきれいに2列に並べて眺め、満足げな表情catface。。。。そして茶菓子の中にあった「森永おっとっと」小袋を開けて、形、欠けていないか等の厳しい検品を行い、見事合格したものは自分の口へ、残念ながら不合格のものはケンの口か母の口へ、という作業を続けていましたcoldsweats01

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きちんと!

 カイchickは、きちんと並んだもの、形の整ったものが大好きです。今日はホワイトボードに正方形のマグネットを隙間なく敷き詰めて、眺めて遊んだあと、お絵かきボードを隙間なく黒く塗りつぶして遊んでいました。

 おやつはかっぱえびせんと白玉だんご。皿に出したえびせんを一本ずつ検品し、形の美しく整ったものだけを「合格認定」して別皿に移し、食べます。基準は私にもよくわかりません(苦笑)ただ、欠けたものや著しく曲がったものは論外、のようです。

だんごは更に厳しく(笑)形が美しく、適温のものだけを食べます。冷めると「チンして」と言い出すので、手がかかります。

基準を満たしたものがないと泣き喚き、以前は自傷行為(頭を壁にぶつけて)していましたが、最近は何故かなくなりました。最近は「これしかないよ」と説明したり、目をつぶって食べるよう勧めてみると、割れたものや欠けたものも食べるようになってきました。あとは冷えたものをどうやって食べさせるか。。。これが課題ですね。

これが特有の「こだわり」というものなんでしょうね。。。

しかし、外から帰った後ふと玄関を見ると、整然と並んだカイの靴、つま先がこっちに向いている私の靴・・・・・・。あわてて自分の靴を直しに行く母ですcoldsweats01 もうちょっときちんとしようよ!母!!

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まじですか!?

 長男カイchickが自閉症の診断を受けたのは、3歳半になった、つい先月の話です。実は私、結婚前は知的障害の方の施設に勤めていたので、薄々は感づいていたんですが。。。どうしても信じたくなくて!!!言葉もいっぱい喋ってるし、絵本や世界地図を暗記して賢いし、私とだったら目も合うし。。。。と現実から目を背けてばかりきました。1歳代から「クレーン行動」や「逆向きバイバイ」をしていたのに、誰にも言えずに。恥ずかしい限りです。

でも、やっぱりコミュニケーションのとりづらさが、月日が経つにつれて増してきました。お友達とも遊べずに、家以外の場所で楽しそうにしている彼を見たことがないのです。

そして決定的だったのが、2歳年下の次男ケンcatの存在です。「ちょうだい」「ありがとう」のやりとり、「はーい」という返事、キャッチボール。。。それらのことが教えても教えても、できなかったカイ。きっとまだ小さいからできないんだろう、そのうちできるだろうと思っていました。でも、ケンは、特に教えもしないのに1歳頃には自然にできていました。

まずは3歳児検診で引っかかりました。

そして療育相談を経て、今は病院の療育プログラムに通っています。平たく言えば自閉症なのですが、広汎性発達障害、という診断名だそうです。

施設で働いていた頃、自閉症の方が誤解を受けやすく、苦労されていたのを思い出します。私は子どものために何ができるんだろう。いま、それをずっと考えています。

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